Suno のステムを「完成曲」に仕上げる——Mac だけで完結するワークフロー

長い間、Suno の曲は「1 本のステレオファイル」でした。ボーカルが小さすぎても、ドラムが他を飲み込んでいても、打てる手は再生成してガチャを回すことだけ。その時代が終わりつつあります。Suno は今、ステム(パート別に分離されたトラック)を複数のルートで手元に渡してくれるようになりました。これは「自分で直せる範囲」を静かに、しかし大きく広げる変化です。この記事では Suno 公式ヘルプを根拠にステム入手の 2 ルートを整理し、GarageBand でのミックスからマスタリングまで、音源を一切外部にアップロードせず Mac の上だけで完成曲に仕上げる手順をまとめます。


公式ドキュメントにあるステム入手の 2 ルート

まず事実確認から。いずれも Suno 公式ヘルプに記載されている内容です。

ルート 1: Suno Studio のマルチトラック書き出し。Studio は Suno がブラウザ上で提供する「Generative Audio Workstation」で、トラックを重ね、並べ、編集し、ステムを抽出できるマルチトラック環境です。公式ヘルプによれば Premier プラン限定の機能です。書き出しオプションは「Full Song(全体)」「Selected Time Range(選択範囲)」「Multitracks(各トラック/ステムを個別ファイルとしてダウンロード)」の 3 種類。Studio からの音声書き出しはすべて WAV で、後工程の処理にはまさに望ましい形式です。

ルート 2: 既存曲のステム分離。Studio がなくてもステムは入手できます。公式のステム分離機能には、曲を解析して「最大 12 ステム(ドラム、ベース、ギター、キーボード、管楽器など)」に分割する Auto Split があります。同記事によれば Auto Split と Split from Mix は Pro メンバーが利用でき、Premier ではさらに細かい楽器指定ができる Advanced モードが加わります。抽出にはクレジットを消費します(Auto Split は 1 回 50 クレジットと記載)。全曲を分割するのではなく、「どの曲にステムを使うか」を先に決めるのが実利的です。

なお 2026 年 9 月以降、Suno からのダウンロード自体に回数上限があります。上限のルールとダウンロードを無駄にしない運用はダウンロード上限後のワークフロー記事にまとめています。

ステムが重要な理由: 「手が出せなかった修正」が自分のものになる

当ブログの読者にはおなじみの持論があります。マスタリングは完成したステレオファイルを仕上げる工程——音圧・トーン・ピークを整える——であり、埋もれたボーカルや渋滞したアレンジは救えない。それはミックスの問題で、どのマスタリングツールにも(Tonekai にも)直せないと繰り返し書いてきました。ただ、Suno の曲が 1 本のステレオファイルだった時代、この正論には不都合な続きがありました。ミックスはモデルが決めたもので、ユーザーに残された手段は再生成だけだったのです。

ステムはこの膠着を壊します。小さすぎるボーカルは、いまや自分で上げられるフェーダーです。刺さりすぎるハイハットは、自分で下げられるトラックです。これまで唯一手の届かなかった「ミックス」という工程が、ついに自分の手に入った。この記事の残りは、その力を Mac の上で、無料で使い、最後まで仕上げる方法です。

手順 1: ステムを WAV で書き出す

Studio なら書き出しメニューの Multitracks で各トラックを個別ファイルとしてダウンロード。ステム分離なら生成されたステムをダウンロードします。形式はすべて WAV のまま扱ってください。MP3/AAC などの非可逆形式は捨てた情報が二度と戻らず、後段の処理でアーティファクトが焼き込まれるだけです。ステムは 1 つのフォルダにまとめ、手を付けない原本コピーを必ず残しておきましょう。再ダウンロードは上限の残数を消費しかねない行為です。

手順 2: GarageBand でミックスする(無料・Mac の上で)

この工程に有料 DAW は不要です。GarageBand for Mac は Mac App Store で無料で、ステムのミックスは十分こなせます。

準備。空のプロジェクトを作り、各ステム WAV をそれぞれ別トラックにドラッグし、全トラックがプロジェクトの先頭から始まるように揃えます。ステムは元々同期して作られているので、開始位置さえ揃えばズレません。

バランス。ミックスの 8 割はこれです。ボーカル(主役)が座るべき位置に座り、他が邪魔しないようフェーダーを決める。中程度の音量で作業し、最後に小さな音量でも確認します。小音量は「本当に支配的な音」をあぶり出します。

小さな手当て。音がぶつかる楽器はパンで左右に離し、衝突している帯域だけ控えめに EQ。全トラックを処理したい衝動は抑えてください。モデルはすでに整合したパートを出力しており、あなたの仕事は再構築ではなく調停です。1 発だけ突出したドラムのピークはここで抑えておくと、後段で音圧の余地になります(理屈は書き出しが小さい問題の記事に書いたとおり)。

マスターは触らない。マスターフェーダーを赤まで押し込んだり、リミッターを挿したりはまだしません。音量は次の工程の仕事です。ミックス段の仕事は、ヘッドルームのあるクリーンなファイルを渡すことです。

手順 3: ミックスを WAVE で書き出す

「共有 > 曲をディスクに書き出す」で WAVE(または AIFF、非圧縮ならどちらでも)を選びます。書き出したファイルが市販曲より小さく聞こえても慌てないでください。GarageBand は「歪まない最大音量」=ピーク基準の天井で書き出しており、耳が感じる音量とは別物です。この差は正常で、まさにマスタリングが埋めるべきギャップです(詳しくは GarageBand の書き出しが小さい問題)。

手順 4: バウンスをマスタリングする——ローカルで

私たちは macOS 用マスタリングアプリ Tonekai を開発しています。ここがまさに Tonekai の持ち場です。書き出した WAVE をドロップすると、オンデバイスの AI がトラックを解析し、音圧・トーンバランス・ピーク処理を自動で行います。仕上がりは元ミックスと音量を揃えた状態で A/B 試聴できます。「大きい音は良く聞こえる」は音響の世界で最も古いバイアスであり、音量を揃えた比較だけが正直な判定方法だからです。

このワークフローでは「ローカル処理」の意味がいつも以上に重くなります。ここまでにステム抽出でクレジットを、書き出しでダウンロード枠を、ミックスに自分の時間を使ってきました。マスタリング工程はそこに何も上乗せしません。アップロードなし、待ち行列なし、曲ごとの課金なし。未発表曲はディスクから出ていきません。納得いくまで何度でも試せます。Tonekai は無料で試せて、Pro は買い切り(サブスクではありません)です。

Mac App Store で Tonekai をダウンロード (無料で試せます)

手順 5: 耳で検品する

リリース前に、音量を揃えた A/B、小型スピーカーとイヤホンでの試聴、曲の最初と最後の数秒の確認を。メーター不要のチェックリストは耳だけでできる 5 つのチェックに、リリース前全体の点検はリリース準備チェックリストにまとめています。

FAQ

Premier プランが必須ですか? 必須ではありません。Studio(とそのマルチトラック書き出し)は公式ヘルプのとおり Premier 限定ですが、ステム分離の Auto Split は Pro メンバーが利用できると記載されています。プランごとの内容は Suno 側の裁量で変わるため、最新の公式情報を確認してください。

Tonekai はステムを 1 本ずつマスタリングできますか? それはマスタリングではないので、できるとは言いません。マスタリングは合成後のステレオファイルへの最終仕上げです。先にステムをミックスして(手順 2)、バウンスし、そのバウンスをマスタリングしてください。ステムを個別に処理して重ねても、マスタリングされた曲にはなりません。

フルソングのダウンロードで既にバランスが良い場合は? ステムは不要です。そのままマスタリングへ進んでください。ステムがコストに見合うのは「バランスのどこかが気になるとき」です。何も気にならないなら、フルソングを WAV でダウンロードしてマスタリングする短いルートで十分です(Suno の音圧問題の記事参照)。

マスタリングすれば市販曲並みの音量になりますか? ストリーミングでは再生時にラウドネスが正規化されるため、目標は「最大音量」ではありません。同じ音量で聴いても細く聞こえない曲——密度・バランス・制御されたピーク——が目標で、それこそがマスタリング工程の仕事です。

まとめ

ステムは、Suno クリエイターがここしばらくで受け取った中で最も実用的なアップグレードです。分離ファイルそのものが偉いのではなく、これまで閉ざされていた「ミックス」という工程を自分の手に渡してくれるからです。チェーン全体はすでに持っている機材の上で回ります。WAV でステム書き出し → GarageBand でミックス → WAVE でバウンス → ローカルでマスタリング → 耳で検品。書き出し以降のすべての工程は Mac の上で、オフラインで完結し、未発表曲はあるべき場所——あなたの手元——に留まります。